スミマセン、あまりに日にちが経ち過ぎて
コカ・コーラ杯の記憶が
略ナッシング・・・
2日目ってどんな事あったっけ?
先ずは初戦のチビリン
東北チャンピオンの山形FC
互角
(本人評価(^_-)-☆)と戦い
0-0で引き分けた事と
ようやく一勝できた事
ヽ(^o^)丿
ソレより何より嬉しかったのがインフルエンザの為、一人だけ遠征不参加だった
リックの合流!
~じゅんコーチ昔話~
ある所に一人のサッカー小僧、J君がいました。
彼は中学生時代最後のサッカーを一生懸命に頑張っていました。
そんなある日、大館で県大会の予選があり参加しました。
この遠征期間は民泊で、チームのメンバーはバラバラで民家に泊まらせて
もらったのでした。
J君の宿泊先の婦人が朝の出掛けにこう言いました。
「おばさん看護婦さんだからケガしたらいつでもおいでねって♥」
J君は
「ハーイ!」っと元気に応えグラウンドに向ったそうだ。
入念なアップを終え、ピッチに立った数分後・・・
サイドラインから果敢に攻撃参加をした瞬間!
「バッチ~ン!」
右骨盤付近から太いゴムがはち切れる様な音と衝撃。
始めは何が何だか解らぬまま大きな石が当たったのだと勘違いしその場で
サッカーパンツをズリ下げ骨盤付近を見た。
傷も無いし、血も出てない・・・
でも血がドクドク出ている感じと激しい痛み
(?_?)
これまでも数々の痛みに耐えてピッチに立って来た。
小学校時、大会前にチャリンコでドリフトして遊んでいて派手に転倒し、
ギア版が刺さり右膝がご飯粒の様な物体が見えるくらい深くバックリ
切り裂かれた時も縫った膝をグルグルにテーピングで固め、ドシャ降りの
雨の中、保健室の先生が付き添いで試合に出た。
ちなみに、この日の帰宅後、めくれあがった膝を消毒して肉を元の位置まで
戻して包帯をグルグル巻きにして誤魔化し痛みに耐えていたが、破れて血まみれのズボンと辺りに付着している血痕が発見され母の鉄拳が落とされた
\(◎o◎)/!
そっちの方が記憶喪失になるくらい痛かった・・・
そのせいか、どんなケガで不出場する事はその後一度も無い。
骨折した時も靭帯が伸びた時もピッチでは叫び立って来た!
しかし、この時ばかりは気持ちと裏腹に立つ力が全く出ない・・・
「一生歩けないかも・・・」ってコーチが言いやがる・・・
結局、ピッチにしゃがみ込み救急車のお世話になった・・・
しかも病院に辿り付いた担架の上で一番初めにかけられた言葉が、
「あら~、本当に来たの~♥」
民泊先の婦人だった・・・
神の悪戯に
「マジかよ」って呟き涙をこらえた・・・
運命に対する悔しさと、自分のツキの無さに感情が入り乱れた。
記憶力の悪いオイラの中に未だに残る心と傷の痛みである。
結局、何を言いたいのかというと、人生には運命がつきまとうと言う事だ。
この遠征で不調の上、ケガをした者がいた。
その代わりに出場した者が活躍した。
しかし、その子もケガをした。
しかも忠告を聞かずに悪化させ出場機会を失った。
そんな時、練習ゲームで再び光を放つ者が現れた。
そしてポジションを奪った。
努力とツキと管理が3人の運命に悪戯をした。
ただ、それだけの事である・・・
しかし、当人達には今後を左右する重要な悪戯であった。
こうして最終日をむかえるのであった・・・